2014年08月29日

人間関係 /対大人:対子ども 

 私は、幼いころから自分より小さい子どもが好きで、その気持ちはいくつになっても同じでした。
 近所の子ども、友達の子どもなど、頼まれもしないのにいっしょに遊ぶのが楽しみでした。
 遊んであげるという気持ちはなく、自分が遊んでもらうみたいな気持だったかな。

 そんなわけで、子どもがかわいいから、いつでも、その子のしたい遊びに合わせていっしょに遊んでいました。

 一方、仕事は大人ばかりの世界でしたし、おとな相手に気持ちよく過ごす方法として、私はできるだけ進んで自分が動く、自分のできる最大限の力で相手の要求にこたえることをモットーとしてきました。また、謙遜な態度で相手に接することが礼儀だと思っていました。

 ですが、学校の教員という仕事は、そういう私の対人スキルはあまり役に立たないものだと感じています。

 学校で大切なことは、”子どもを教育し、成長させる”ことです。
 ですから、子どもが子どもが悪いことをしたら叱らなければなりません。
 礼儀知らずな子には礼儀を教えなければなりません。

 これは、今までの「わたし」という視点からの見方では非常に違和感のあることであり、今でもなかなか実践が難しいです。

 今までの私なら、だれかに嫌なことをされたり言われたりしても、自分が我慢すればいいとか、寛大な心で許してあげればいいとか思っていましたが、学校で子どもに対してそのように接していれば、とたんに学級崩壊の危機にさらされます。
 また、私自身そんなに偉い人物であるとはとうてい思えず、自分に対する子どもの言葉づかいが悪かったとしても、なかなか正すことができません。

 学校においては、先生がこのような態度で子どもに接することは、本当は子どものためによくないことです。

 私の考え方の何がいけないかが、少しずつわかってきました。
 今までは、「私」という個人の立場で仕事をしてきましたが、子どもに対する教員にとって「私」はなく第三者的に「先生」としてそこにいなければならないのです。

 「私」に対して礼儀に反する態度をとったから、腹を立てて怒るのではなく、この世の大人を代表する「先生」に対して礼儀に反する態度をとったから、教育的に注意し、指導するのだということなのだろうと思います。

 頭ではそんなふうにわかっていても、やはり考え方を変えるのは難しいし、無理にそのようにふるまおうとすると、なんだかへんなところで注意したり叱ったりしてしまって、どちらにしてもうまくいかない原因になったりもします。

 どうすれば、子どもたちが規律を守りながらも、自由で楽しいと思える指導ができるのか、日々悩んでいます。

risu_happy at 23:20コメント(0) 

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